日本映画情報システムは、日本映画情報(1896年~2022年03月劇場公開の日本映画作品(映倫審査作品)に関する情報)を検索することが可能です。

◎こんな方は・・・
   ・映画のタイトルが分っていて、出演者を知りたい
   ・あの映画シリーズの全タイトルを知りたい
   ・あの監督が撮った作品の全タイトルを知りたい
               ⇒【キーワード検索】をご利用ください

◎こんな方は・・・
   ・タイトル、出演者、スタッフなど複数のキーワードに当てはまる検索結果を出したい
   ・複数ある検索結果を公開年順、配給会社別などに並べ替えたい
               ⇒【詳細検索】をご利用ください

◎検索について詳しく知りたい方は「検索システムの使い方」をご覧ください。

キーワード検索

作品詳細

胡椒息子
コショウムスコ

作品名でWeb検索する
カテゴリー
劇映画 
公開年月日
1953年06月10日 
製作会社
大映東京 
配給会社
 
レイティング
一般映画  
英語名
 
上映時間
96分  

米田治の企画により、獅子文六の原作を、「チャタレー夫人は日本にもいた」の島耕二が、田辺朝二と共同して書いたシナリオを監督している、撮影は峰重義。主な出演者は劇団若草の中村正紀、「地獄太鼓」の伏見和子、「夜の終り」の三益愛子、ニューフェイスの有島圭子をはじめ船越英二、村田知英子、その他劇団東童、劇団青い鳥等が出演している。

スタッフ

企画
米田治
原作
獅子文六
脚本
島耕二田辺朝二
監督
島耕二
撮影
峰重義
美術
林威夫
音楽
服部正
録音
橋本国雄
照明
安藤真之助

ストーリー

牟礼家の次男坊当年十二歳の昌二郎はヤンチャの上に、当主昌造と芸者つたとの間に出来た子供ゆえか、恒子夫人や兄と姉の昌太郎、加津美には冷く扱われていたが、ばあやのお民から可愛がられていた。薬師寺家の春子と昌太郎との縁談が、昌二郎が原因で破談した事から、この傾向は益々強く、恒子夫人に意見をしたお民は却って暇を出された上に、昌造の留守の間に、昌二郎は感化院に入れられてしまった。感化院の中で知りあったゴンズイの手によって突然お民が脳溢血で倒れたのを知った昌二郎は、暴風雨の夜感化院を脱走、お民を見舞ったので、小康を得た。帰邸した昌造は一切を知り、日頃険悪だった恒子夫人との仲を清算して、昌二郎の生母つたを迎えようと決意、昌二郎とつたを対面させるが、昌二郎はママが本当のお母さんだと言い張って聞かない。つたは自ら諦め、昌二郎のこの態度に、今は愛情の湧いた恒子夫人も非を詫びて、牟礼家は団欒を取り戻した。

仕様

  • カラー/モノクロ: 白黒
  • 映写フォーマット: フィルム /35mm
  • サウンド: モノラル

その他

このページのトップへ

  • 検索システムの使い方
  • お問い合わせ

お知らせ

[2022/03/24]

映画情報を34件更新しました。