日本映画情報システムは、日本映画情報(1896年~2022年08月劇場公開の日本映画作品(映倫審査作品)に関する情報)を検索することが可能です。

◎こんな方は・・・
   ・映画のタイトルが分っていて、出演者を知りたい
   ・あの映画シリーズの全タイトルを知りたい
   ・あの監督が撮った作品の全タイトルを知りたい
               ⇒【キーワード検索】をご利用ください

◎こんな方は・・・
   ・タイトル、出演者、スタッフなど複数のキーワードに当てはまる検索結果を出したい
   ・複数ある検索結果を公開年順、配給会社別などに並べ替えたい
               ⇒【詳細検索】をご利用ください

◎検索について詳しく知りたい方は「検索システムの使い方」をご覧ください。

キーワード検索

作品詳細

やっさもっさ
ヤッサモッサ

作品名でWeb検索する
カテゴリー
劇映画 
公開年月日
1953年02月25日 
製作会社
松竹大船 
配給会社
松竹 
レイティング
一般映画  
英語名
War Babies' Home/Topsy-Turvy Yokohama  
上映時間
105分  

「現代人」に次ぐ渋谷実の監督作品。原作は獅子文六の毎日新聞連載の小説で、脚本は「現代人」の潤色をした斉藤良輔で、撮影は同じく長岡博之。製作は「鳩」に次ぐ山本武の担当。出演者は「カルメン純情す」の淡島千景、「大仏開眼」の小沢栄、「春の鼓笛」の佐田啓二、「武蔵と小次郎」の桂木洋子、文学座から抜擢された新人倉田マユミ、応募黒人兵ダニー・ウィリアムスや「霧笛」に出演した白人ボブ・ブース、その他文学座や俳優座の人々に、大磯の養育院「エリザベス・サンダース・ホーム」からトムとハマ子に扮する二児が特別に出演している。

スタッフ

製作
山本武
原作
獅子文六
脚色
斎藤良輔
監督
渋谷実
撮影
長岡博之
音楽
黛敏郎
美術
浜田辰雄
録音
大村三郎
照明
小泉喜代司

ストーリー

志村亮子は、横浜で「ごしんさん」と呼ぶ元主人筋の未亡人福田嘉代の慈善事業混血孤児収容所を理事としてとりしきっていた。そして収容所拡張運動に東奔西走し、その美貌と才智で成績をあげていた。それに反し彼女の夫四方吉は元腕利きな実業家であったが、終戦と同時に急に虚脱状態になり、無為に暮し、内緒でパンパンの英文手紙の代書をしていた。そんな夫に不満な亮子の心の隙に、ドゥヴアルという素性の怪しい外国人バイヤーがつけ入ろうとしていた。パンパンのバズーカお時は、黒人とのハーフのトムを収容所に預けていたが、純真な黒人兵シモンから金を捲きあげる道具にこの子を使い、シモンはトムが自分の子だと信じていた。亮子の同窓生大西説子は産児制限運動をやり、同郷人のプロ野球選手赤松太助の後援者をもって任じていた。太助には横浜駅でシューマイ売りをする花咲千代子という可憐な恋人があった。軍の移動で浜のパンパンも姿を消し、四方吉も失業したとき、新興財閥武智秀三に見込まれ、そのキャバレーを手伝うことになり、これを機会に日頃彼を無能呼ばわりをする亮子の許を黙って去った。亮子は四方吉に黙って去られるとさすがに気がかりになる、ドゥヴアルの誘いにも気乗りがしないのだった。四方吉は武智のため、新しく観光客相手の大娯楽場設置の土地買収の交渉をした。その相手がドゥヴアルだった。ドゥヴアルは手金と称して半金を受け取って海外へ逃げてしまった。士地は既に他に売渡済のものだったのである。武智がその代りとして眼をつけた土地は福田未亡人の孤児収容所の敷地だった。交渉の使者に立った四方吉は久しぶりで亮子の前に姿を見せた。彼は昔の元気と自信とを取り戻しはじめていた。収容所は失火で焼けたので、この交渉はうまくまとまり、福田未亡人はその金で他に立派な収容所を建てるという。バズーカお時はトムのことをいいながら死んだシモンのためにトムを引取つて田舎へ帰った。亮子は「ごしんさん」のすすめもことわって理事を辞任、四方吉の良き妻となろうと決心した。

仕様

  • カラー/モノクロ: 白黒
  • 映写フォーマット: フィルム /35mm
  • サウンド: モノラル

その他

このページのトップへ

  • 検索システムの使い方
  • お問い合わせ

お知らせ

お知らせはありません。