日本映画情報システムは、日本映画情報(1896年~2020年11月劇場公開の日本映画作品(映倫審査作品)に関する情報)を検索することが可能です。

◎こんな方は・・・
   ・映画のタイトルが分っていて、出演者を知りたい
   ・あの映画シリーズの全タイトルを知りたい
   ・あの監督が撮った作品の全タイトルを知りたい
               ⇒【キーワード検索】をご利用ください

◎こんな方は・・・
   ・タイトル、出演者、スタッフなど複数のキーワードに当てはまる検索結果を出したい
   ・複数ある検索結果を公開年順、配給会社別などに並べ替えたい
               ⇒【詳細検索】をご利用ください

◎検索について詳しく知りたい方は「検索システムの使い方」をご覧ください。

キーワード検索

作品詳細

北の岬
キタノミサキ

作品名でWeb検索する
カテゴリー
劇映画 
公開年月日
1976年04月03日 
製作会社
東宝俳優座映画放送 
配給会社
東宝 
レイティング
一般映画  
英語名
 
上映時間
113分  

日本人自動車技師と美しい修道女の愛の彷徨を描いた辻邦生の同名小説の映画化。脚本は「朝やけの詩」の桂明子、監督は脚本も執筆している「サンダカン八番娼館 望郷」の熊井啓、撮影も同作の金宇満司がそれぞれ担当。

スタッフ

製作
佐藤正之椎野英之
原作
辻邦生
脚本
熊井啓桂明子
監督
熊井啓
撮影
金宇満司
音楽
松村禎三
美術
木村威夫
録音
太田六敏
照明
野村隆三
スチール
岩井隆志
編集
浦岡敬一
助監督
小笠原清

ストーリー

1971年の夏。自動車技師の大野光雄は、西ドイツでの一年間のエンジン関係の研究を終え、マルセイユから船旅で帰国の途についたが、出航して間もなく、ブルーの眼をした、静かな、やさしい顔だちの修道女、マリ・テレーズを知った。スイス生まれの彼女は、「小さなマリアの姉妹の会」という修道会に属し、一度日本の土を踏んだことがあるが、体を悪くして帰国し、再度、日本に赴任する途中だった。マリ・テレーズは灰色の長い尼僧服を着て、腰に数珠をさげていたが、それが彼女の身につけているすべてのものだった。彼女は、船旅を利用して、各地にある支部を訪れるのも仕事の一つだった。船はカサブランカ、コナクリ、ケープタウンを経て、スリランカのコロンボに寄港した。大野はマリ・テレーズの誘いで、シモーヌ修道女に逢った。シモーヌ修道女が歩んで来た二十五年の長い苦難の道に大野は驚き、感動した。船はカルカッタに入り、マリ・テレーズと大野は、ダッカにいるアンドレ修道女を訪ねた。多くの人間が飢えと疫病と弾圧にさらされている中で奉仕を続けるアンドレ修道女は、疲労のため精神も錯乱し、大野たちの目前で、果物ナイフを自分の腿へ突き刺した。かって、大野も、新型エンジンの開発に没頭して疲労し、自動車事故を起して神経科の病院に入院したことがある。当時、同じ会社の広告デザイナーの直子と婚約した大野だったが、静養と仕事を兼ね、単身、渡独したのだった。横浜港には直子が待っていた。彼女は全身に喜びをみなぎらせ大野を迎えたが、大野は同じように感動できなかった。大野の胸の中には、マリ・テレーズへの愛が波紋のように広がっていった。すべてを犠牲にしても構わないと思う程の強い愛が……。やがて大野は、マリ・テレーズが書き残したアドレスをたよりに東京の支部を訪ねたが、彼女は北海道へ移った後だった。大野は後を追い、北の岬でマリ・テレーズと再会した。愛を打ちあけ、唇を求める大野。彼女の心の葛藤の激しさをあらわすようにオホーツクの海が咆哮し、身もだえた。「私も、あなたを愛します」マリ・テレーズは涙の顔をあげて言った。「私には、この愛以上のものはありません。だからこそ、私はいま、それを試練だと感じます。私がどんなにあなたを愛していても、それは許されないことです」マリ・テレーズの顔には、神の試練に対する厳しい決意の色が浮かんでいた。「誰かが貧困や戦争の中へ行って人間の魂の豊さが、眼に見えるものや物質だけで支えられているものではないことを証さなければならないのです」大野の愛をふりきったマリ・テレーズは独立戦争の始まったバングラデシュへと旅立っていった……。

仕様

  • カラー/モノクロ: カラー
  • 映写フォーマット: フィルム /35mm /ビスタ
  • サウンド: モノラル

その他

このページのトップへ

  • 検索システムの使い方
  • お問い合わせ

お知らせ

[2020/11/27]

映画情報を72件更新しました。

[2020/10/26]

映画情報を78件更新しました。