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作品詳細

すてごろ 梶原三兄弟激動昭和史
ステゴロカジワラサンキョウダイゲキドウショウワシ

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カテゴリー
劇映画 
公開年月日
2003年06月14日 
製作会社
「すてごろ」製作委員会 
配給会社
ジーピー・ミュージアム=リベロ 
レイティング
一般映画  
英語名
 
上映時間
108分  

劇画原作者・梶原一騎とその弟、真樹日佐夫、そして三男、高森日佐志の三兄弟の関係を軸に、常に拳を握り締め喧嘩に明け暮れた少年時代から、決して人の風下に立つことのなかった青年期、そして、誰も知ることの無かった名作の誕生の裏側までを描き出す、劇画から見た昭和史。原作、監修、脚本を担当するのは、真樹日佐夫。

スタッフ

監督
光石冨士朗
製作
北側雅司真樹日佐夫
製作協力
及川次雄
監修
真樹日佐夫
脚本
真樹日佐夫
原作
真樹日佐夫「兄貴」(筑摩書房刊)「すてごろ懺悔」(流星社刊)
企画
中島仁田中政裕渡来猛人
プロデューサー
小野誠一石井誠一郎山本芳久
ラインプロデューサー
井苅安英
キャスティング
辰巳佳太
ポストプロダクションプロデューサー
金子尚樹
音楽
遠藤浩二
撮影
河中金美
照明
小川満
録音
佐藤幸哉
美術監督
重田重盛
宣伝
JMP

ストーリー

戦後の混乱まだ覚めやらぬ昭和20年代、のちの梶原一騎こと高森朝樹(奥田瑛二)とその弟、高森真土(のちの真樹日佐夫・哀川翔)、高森日佐志(久ヶ沢徹)の三兄弟は、青春時代を来る日も来る日も喧嘩に明け暮れて送っていた。近所でも評判の荒くれ三兄弟の父、龍夫は、もとは旧制中学の教師を務めていたが、のちに上京。大手出版社の中央公論社を経て、改造社で編集者としての辣腕を振るっていた。息子たちが尊敬する父、龍夫の周りには、いつも永井荷風や谷崎潤一郎ら、文豪たちからの礼状などが散見された。そんな環境が、荒ぶる青年であった朝樹を、それとは対照的なもの書きの道へと誘ったのかも知れない。昭和33年、龍夫は病で57年の生涯を閉じた。当時、朝樹はすでに梶原一騎のペンネームで少年誌に読み物を書き出しており、もの書きとして本腰を入れ始めていた。真土もそんな兄に影響を受けて、文章修行に精を出すことになった。のちの真樹日佐夫の誕生である。大スターである力道山から梶原に電話が入ったのも、その頃であった。いつしか、梶原は彼が生きる昭和という時代をも、牽引する役目を果たし始めていた。そのとき、『少年マガジン』編集長、牧野武朗(内田裕也)と、名うての喧嘩屋と呼ばれた羽根田貢(赤井英和)、一時代を築いた男たちが、兄弟二人の前に現れ始める。昭和40年代を迎える頃、真樹と梶原の道は少しずつ離れ始める。極真会館・大山倍達のもとで空手を学び始める真樹、彼はまた漫画原作者に加え、ルポライターの道も歩み出した。一方、兄・梶原は後の代表作となる『巨人の星』で、『少年マガジン』の発行部数を当時としては奇跡的な100万部にまで押し上げていた。脚光を浴びる兄の光の陰で、真樹は葛藤していた。胸のうちにある小説への渇望、真樹は寝る時間も惜しんで書き上げた作品『兇器』で、みごとオール読物新人賞を受賞する。兄弟揃って手に入れた文壇での、もの書きとしての成功、だが二人にはまだ試練が待ち受けていた……

仕様

  • カラー/モノクロ: カラー
  • 映写フォーマット: フィルム /35mm /アメリカン・ビスタ(1:1.85)
  • サウンド: モノラル

その他

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[2020/01/29]

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