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作品詳細

おれについてこい!
オレニツイテコイ

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カテゴリー
劇映画 
公開年月日
1965年06月20日 
製作会社
東宝 
配給会社
東宝 
レイティング
一般映画  
英語名
You Can If You Try  
上映時間
107分  

大松博文原作“おれについてこい!”“なせば成る”を「赤ひげ」の菊島隆三が脚色、「最後の審判」の堀川弘通が監督したスポーツもの。撮影は「無責任遊侠伝」の完倉泰一。

スタッフ

製作
渡辺晋森田信
原作
大松博文
脚色
菊島隆三
監督
堀川弘通
撮影
完倉泰一
音楽
石井歓
美術
河東安英
照明
金子光男
録音
渡会伸
編集
黒岩義民
スチル
荒木五一

ストーリー

一九六四年十月二十三日東京オリンピック、日本対ソ連の女子バレーボール決勝戦は、午後七時に迫っていた。大松と六人の選手にとって、オリンピックはこの日だけと言ってもよかった。勝つための苦闘の道は、一九五八年日本が六人制に遅れをとって以来熾烈をきわめた。六十年の差と体力の差を考えると、世界に勝つことは不可能に近かった。前川バレー協会理事長の熱意に負けた大松と六人の選手は、苦難の道を歩くことになった。だが、苦難にたえ犠牲にたえたのは、この日より一線を退いて、陰の力となったマネージャーの松木、大松の妻美智代も同じであった。一九六〇年、六人制採用二年で、世界二位となった大松は、この日から、一位を目指して、鬼の大松と化した。そして、独特な回転レシーブに青春をかけた六人の選手は魔女と呼ばれて、世界に類のないチームワークを作りあげた。一九六一年、三大陸戦に勝利を収め、つづく翌年十月モスクワの第四回世界選手権で宿敵ソ連を押えて、名実共に世界一位の座を獲得した。選手の涙ぐましい熱意と、それにともなう犠牲と、家族の苦悩を考えた大松は、バレー界から引退の覚悟を決めた。だが、小畑五輪事務総長の懇願で大松は、再びボールを握った。六人の選手も、やめるという言葉は決して吐かなかった。河西は父親の死に目にも会えず、今日をむかえた。場内放送にうながされて、入場する選手に、大松は感謝と祈りをこめた。選手は手拍子にのって会場に出た。そして、当然のようにソ連に勝った。

仕様

  • カラー/モノクロ:
  • 映写フォーマット: フィルム /35mm /シネマ・スコープ(1:2.35)
  • サウンド: モノラル

その他

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[2021/06/28]

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