日本映画情報システムは、日本映画情報(1896年~2019年9月劇場公開の日本映画作品(映倫審査作品)に関する情報)を検索することが可能です。

◎こんな方は・・・
   ・映画のタイトルが分っていて、出演者を知りたい
   ・あの映画シリーズの全タイトルを知りたい
   ・あの監督が撮った作品の全タイトルを知りたい
               ⇒【キーワード検索】をご利用ください

◎こんな方は・・・
   ・タイトル、出演者、スタッフなど複数のキーワードに当てはまる検索結果を出したい
   ・複数ある検索結果を公開年順、配給会社別などに並べ替えたい
               ⇒【詳細検索】をご利用ください

◎検索について詳しく知りたい方は「検索システムの使い方」をご覧ください。

キーワード検索

作品詳細

あの娘に幸福を
アノムスメニコウフクヲ

作品名でWeb検索する
カテゴリー
劇映画 
公開年月日
1963年05月15日 
製作会社
東宝 
配給会社
東宝 
レイティング
一般映画  
英語名
 
上映時間
85分  

「暗黒街の牙」の小川英が脚本を執筆、「豚と金魚」の川崎徹広が監督した純愛ドラマ。撮影は「ニッポン無責任野郎」の飯村正。

スタッフ

製作
三輪礼二
脚本
小川英
監督
川崎徹広
撮影
飯村正
音楽
馬渡誠一
美術
河東安英
照明
隠田紀一
録音
伴利也
スチル
山崎淳

ストーリー

旋盤工の津田弘が朝倉紀子と初めて逢ったのはクリスマス・イヴの晩だった。喧嘩をして追われ、逃げ込んだ路地の喫茶店の窓越しに二人は顔を合わせた。お互の胸に清潔な印象が刻まれ、数日後偶然の再会から二人の交際が始まった。弘は可愛がっていた鳩を贈り、紀子との連絡はその鳩が運んだ。紀子は朝倉物産社長の敬太郎の一人娘だが、心臓病のため寂しい青春を過していた。弘と知り合って淡い恋心を抱くが、両親は紀子の体に刺激を与えては良くないと、弘に逢いに来ないでくれと頼んだ。呼出しがあっても逢いに行けなくなった弘は苦しんだ揚句、九州で再出発する決心をした。事情を知らずに便りのないのを悲しんでいた紀子は、弘の姉のとよ子から一切を聞き両親の薦める伊豆の別荘へ向かわざるを得なかった。いよいよ弘が旅立つ日、傷心の彼の前に雨に打たれた紀子が突然現われた。伊豆に行ったが思い切れずに別荘を抜け出し、弘に逢いに駆けつけた彼女はそのまま崩れ折れた。無理が祟って病状が悪化したのだ。「もう決して離さない」と誓ったのに、紀子は迎えに来た敏太郎に連れられて入院した。数日後、見舞にも行けず一人気を揉んでいた弘は敬太郎の訪問を受けた。紀子の容態が急変して、手術を受けることになり、ぎりぎりの所まで追い込まれた敬太郎は、同じ気持の人間に逢いたくなったのだ。命を賭けた手術を終え、回復室に入った紀子の安全を敬太郎と弘は人気のない廊下で祈った。いつのまにか眠りに落ちた弘は、数分後の紀子の死も知らず元気になった紀子と手を取り合い夢の野原を駆けめぐっていた。

仕様

  • カラー/モノクロ:
  • 映写フォーマット: フィルム /35mm
  • サウンド: モノラル

その他

このページのトップへ

  • 検索システムの使い方
  • お問い合わせ

お知らせ

[2019/09/30]

映画情報を46件更新しました。

[2019/08/23]

映画情報を36件更新しました。