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作品詳細

安藤組外伝 人斬り舎弟
アンドウグミガイデンヒトキリシャテイ

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カテゴリー
劇映画 
公開年月日
1974年11月01日 
製作会社
東映東京映画 
配給会社
東映 
レイティング
一般映画  
英語名
Violent Fraternity  
上映時間
94分  

“実録安藤組”前三作の続篇ともいえる新シリーズ“安藤組外伝”第一作目。安藤組を結成した八名の幹部に焦点を移し、十三年間に亘る安藤組の勢力抗争を描く。脚本は「0課の女 赤い手錠」の松田寛夫、監督は「極道VSまむし」の中島貞夫、撮影は「三代目襲名」の仲沢半次郎がそれぞれ担当。

スタッフ

企画
安藤昇吉田達
原作
安藤昇
脚本
松田寛夫
監督
中島貞夫
撮影
仲沢半次郎
音楽
広瀬健次郎
美術
藤田博
録音
内田陽造
照明
大野忠三郎
スチール
藤井善男
編集
田中修
助監督
福湯通夫

ストーリー

昭和二十四年、安藤昇は舎弟の国分、徳重らと渋谷を中心に顔を売り出していた。その頃、渋谷には強力なやくざ組織がなく安藤は虎視たんたんと縄張りを狙っていた。唯一人、グレン隊のボスとして君臨しているのは野田進一で、彼も安藤には一目おいていた。昭和二十五年、愚連隊の日向謙は弟分の津吹と酔っぱらい、刑事に暴行を働き逮捕されてしまった。以前から日向に目をつけていた安藤は、保釈金をつんで日向を釈放させ、日向は安藤の舎弟分に加わった。以来、恐れを知らない日向は、あらゆる手をつくして安藤につくすが、闇物資を強奪した事から人斬りジムに津吹が片腕を斬られてしまった。日向は間もなく津吹の仇を討って逮捕され、四年の刑を宣告された。昭和二十六年、野田進一が安藤の舎弟に加わった。昭和二十七年、八人の幹部と三百名の組員で構成した安藤組が結成された。昭和二十八年、安藤組と南部組の抗争が起きようとした時、日向が出所し、単身、南部組に乗り込み、安藤組から手をひかせた。昭和二十九年、幹部が全員揃い、安藤興業の事務所を開設する一方、野田は剣道四段の腕前を利用して、野田道場を開き、安藤組の実践部隊をつくりあげていた。昭和三十一年、安藤組は渋谷に君臨し、安藤昇の名は関東一延に広がっていた。野田は自分の事務所を持ち、番頭格の堀口の手腕により金を稼いでいたが、日向は数人の子分とともに幹部仲間から金をせびっては遊び歩いていた。そして、以前から仲の良くなかった野田と日向は、日向が野田の子分を殴り倒した事で一気に爆発、野田は日向殺害を決心した。堀口が日向を呼び出し、待ち伏せていた子分の山藤が日向に向けて拳銃を発射したが、致命傷にまでは致らなかった。数日後、安藤は幹部を全員集合させ、その場で野田に日向に対して謝罪を命じるが、二人とも頑として拒否。その後二人の間は険悪な状態になるが、日向は野田の強靱な根性に折れ、安藤組の発展の為にと和解するのだった。昭和三十三年六月、安藤は懇意にしている社長に依頼され、南洋郵船社長中井秀麿殺害事件を起こした。財界人である中井殺人の反響は大きく、マスコミ、警察から暴力団追放運動のやり玉にあげられた。安藤は幹部たちに警察からの逃亡を命じたが、日向、野田、橋本、徳重が次々と逮捕され、安藤も国分とともに葉山の別荘で逮捕された。安藤が八年、野田は六年、そして日向に二年半の刑が宣告された。二年半後、日向が出所した。幹部全員が逮捕された安藤組は他の組の進出を余儀なくされており、それを防ぐのが日向の役目でもあった。しかし、数日後、日向は抗争中に、三十七歳の生涯を終えた……。

仕様

  • カラー/モノクロ: カラー
  • 映写フォーマット: フィルム /35mm /ビスタ
  • サウンド: モノラル

その他

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